仰げば尊し

師匠のディエゴ・マッソンは、非常に広いレパートリーを持っている。私は『フィガロの結婚』も、『海』も、そういえば『浄められた夜』も、彼のレッスンを受けた。『海』は忘れもしない。日本からパリに電話をかけて、「ここのところはこうやって振るといいぞ」と、当時は珍しい(?)、リモートレッスンを受けたものだった。絶対にレッスン料を受け取ってくれない人なので、毎回何か気の利いたプレゼントを選ぶのが楽しい。芥川作品のフランス語訳を喜んでくれたこともあった。

そんな彼が得意としているのが現代音楽。おそらくヨーロッパの音楽界で、彼ほど新曲の初演を指揮している人は少ないのではないかと思う。ピエール・ブーレーズが、ディエゴを自分の後継者と考えていたことは他の人に聞いた。ディエゴは自分でそんなことは言わない。

そんなディエゴは、パリで現代音楽のアンサンブルを主催して指揮していた。かなり有名なアンサンブルであった。今でもCDが買える。

Ensemble Musique Vivante

というのであるが、え、それってなんか聞いたような……

Ensemble Art Vivant

実は、このアンサンブルの名前を思いついてから、ディエゴにメールをしたのだ。

「あのさあ、ディエゴのアンサンブルってこんな名前だったよねえ。」

「ああ、そうだそうだ。でも気にすんな。なんだかいい名前じゃないか。フランス語としてもちゃんと正しいぞ(笑)」

人種、国籍、性別、年齢、そのどれにもとらわれない。正真正銘のコスモポリタン。その辺のバーのおっさんと仲良しだったりしながら、外務大臣と親友だったりする。

そんな彼は、外見は年齢不詳なのだが、もうすぐ90歳になるはずだ。

佐藤俊太郎