クラウス・テンシュテットの思い出

ロンドン時代、多い時は週に5回コンサートに通っていた。そんな中で一番印象に残っているのはクラウス・テンシュテット。

「クラウスのためなら我々は130%の力を出す」とロンドンフィルに言わしめたこのコンビは、毎回凄まじい熱演を生み出していた。

その中でも特筆すべき「壮絶な」演奏会を2回、私は聴いている。

ひとつはマーラーの交響曲第6番。演奏の間ずっと、何が何だかわからず圧倒され続け、曲が終わった時はブラボーの嵐。肩で息をしているオーケストラ。ふらついて指揮台から降りられないテンシュテット。

この時すでに彼は大変な闘病生活を送っていた。

彼の最後のコンサートも聴くことができた。マーラーの7番。感想なんて言えるものではない。ただならぬ巨大なものにガーンとぶつかった、そんな感覚だった。

この2回のコンサートはライブ録音が発売されている。それを聴きなおして初めて、ここはこうやっていたのか、ということがわかった。私のブラボーも録音されている(はずだ)。

1998年1月、私はロンドンフィルにデビュー。ついにテンシュテットのオーケストラを指揮できる!夢が叶う!

私のリハーサルの前に、オーケストラのマネージャーが団員の前で言った。

「皆さんに悲しいお知らせがあります」