クライバー@ロンドン

ロイヤルオペラハウスからカルロス・クライバーに出演の依頼がありました。急遽代役で指揮してほしいというお願いです。

『急遽代役で』というのは、実は、なんとかクライバーに指揮してもらうために音楽業界が思い付いた最終手段でした。

「来年の予定なんかわからないよ。その時になんの曲が振りたいかなんてわかるわけないじゃないか。」

というクライバーですが、しかし、来週のことなら、気が向けば指揮してくれるかもしれない。ロイヤルオペラの支配人はそこに賭けたのですね。

クライバーからの返事。

「今息子に水泳を教えているところなんだ。だからオペラなんてやってる暇はないんだよ。」

しかしそこはさすがのロイヤルオペラ。

「マエストロ、プール付きのホテルをご用意いたしました。」

そこまで言われるとさすがのクライバーも断る理由がなかったそうで、ボエームを振っています。

プールで遊んで、2階建バスの一番前の席に陣取って、ゴキゲンなマエストロだったそうです。

ロイヤルオペラのボエームでは、4人のボヘミアンたちがふざけてパンをちぎってテニスをする、という演出があります。

クライバーは劣化の如く怒ったそうです。

「彼らはお金がなくて飢えているのに、どうして食べ物で遊んだりするものか!」

そんなこと思う人は誰もいませんから、と言われて、このシーンだけはさすがのクライバーでも変更できなかったそうです。

その数年後に私がロイヤルオペラでボエーム見た時も同じ演出でした。私にとっても非常に違和感のある場面でしたが、クライバーもやはりそう思ったのだと後に知りました。

食べ物は大事です。何しろ

「クライバーは冷蔵庫が空っぽにならないと指揮をしない」

カラヤンの言葉です。

この2人は大変に仲が良かったのだそうです。

佐藤俊太郎

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